旭川の木製クラフトメーカー ササキ工芸

ササキ工芸の始まり

kunio

創業者「佐々木邦雄」は幼少の頃からモノづくりが得意であり、自分で作った木彫りの小物を同級生などにプレゼントし、その喜ぶ顔を見るのがとても好きでした。

学校を卒業後は家具作りの盛んな旭川の職業訓練校で木工加工の技術を学びながら家具工場で技術を磨きました。

その後、家具工場から家具工場の下請けをしている工場へ転職し、家具の部品を加工する技術を学び、1976年に一念発起して独立したのがササキ工芸の始まりです。

ササキ工芸の初期の仕事

独立当初は、ルーター加工機1台を使い家具工場の下請けとして家具の部品加工に明け暮れる毎日でした。

当時の旭川の家具業界はバブル景気に後押しされ活気づいていた為、次から次と仕事が入ってくる状況で、業績も右肩上がりでした。

そんな状況の中、下請けで加工していると部品を切った後の端材が多く溜まるようになってきたことに目をつけた佐々木邦雄は、その端材を使って小物を作ることを考え始めました。

もともとモノづくりが好きだったことも有り、色々なアイデアを形にしていく中で、ササキ工芸の一番のヒット商品である「モクター」(100円ライターを入れる木製ケース)を考案し、周囲の人たちに配ると大変喜ばれました。

そこで、モクターの販売を始めると、旭川の繁華街「サンロク」の飲食店等で人気となり、その飲食店でモクターを見た人が会社のノベルティーとして使ってくれたり、観光地でお土産物として採用してくれたりと、あっという間に全国に広がりました。

これを契機に、家具の下請け加工だけでなく自社オリジナルの木製品加工に乗り出すことになりました。


ササキ工芸の現在の仕事

その後、1990年代初めにバブル経済が終焉し、旭川の家具業界も大きなダメージを受け、多くの家具工場が閉鎖に追い込まれることになり、それと比例してササキ工芸で受けていた家具の下請け加工も先細っていきました。

家具の下請けの仕事が減少する中、さらに自社の木製品の製造に力をいれることでこの状況を乗り切り、さらに木製小物の加工に特化することで、全国のお客様からOEMや特注品の加工を依頼されることになり、気が付けば家具の下請けの仕事はゼロになっていました。

現在は、自社のオリジナル製品(約200点)の製作をメインとしながら、以前からお取引のある企業様の特注品加工を行っています。

ササキ工芸の商品カタログはこちら → 商品カタログ2016(2016年7月発刊)

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