旭川の木製クラフトメーカー ササキ工芸

2月終わりから3月初めにかけて、東北エリアに出張で行ってきました。

今回はレンタカーを借りて、宮城県、岩手県、山形県、福島県のお客様を訪問してきたのですが、2011年の東日本大震災の爪痕が至る所に残っていて、まだまだ復興の道半ばなんだと実感させられました。

特に、福島の第一原発の付近は「帰還困難区域」というエリアで、福島県を南北に通過する国道6号線が原発の近くを通っているのですが、通行止めにはなっていないものの国道6号線を通行できるのは車だけで、二輪車(バイクや自転車など)や徒歩での通行はNGでした。

また、道路に面している住居や店舗の入り口のすべてにバリケードが設置され、人が立ち入りできないような措置が取られていましたし、ところどころにある十字路には警備員が配置され、通行証など確認作業が行われていました。

国道6号線を走りながら目に飛び込んでくるのは、窓ガラスが割れた住居、錆びた中古車の隙間から草が生えている中古車ディーラー、車が駐車場に放置されているスーパーなど、映画で見るような荒廃した街が現実として目の前に広がっていました。

同じ日本だけど、日本にいるような感じがせず、このエリアだけ時間が止まっているような感覚になりました。

東日本大震災から7年が経過し、震災後に生まれた子供も小学生になる月日が流れました。

被災して、避難した人たちの中でも若い世代は新たな土地で新たな生活をはじめ、そこに根を下ろしつつある状況の中で、今更戻っていいよと言われても戻りづらいという話を聞く半面、ご年配の人たちは自分たちが生まれ育った街へ戻れるなら戻りたいと願っているという状況もあるそうです。

どれが正しい、どれが間違っているという話ではなく、それぞれ想いは違うんだと感じました。

いずれにしても、旭川という災害の少ない街に生まれ育った私としては、東日本大震災によって被災した現場を少しでも見ることができたことは貴重な体験になりました。

 

 

 

 

 

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