旭川の木製クラフトメーカー ササキ工芸

40年以上も生きていると、いろんな場面で「意見の相違」というものに出会ってきました。

意見の相違に出会うと、イライラしたり衝突したりして、いろんなストレスがかかり、精神的にも肉体的にも消耗することがあります。
でも、意見の相違は悪いことではないと思っています。

短期的な目線で見たときに正しいと思える選択も、長期的な目線で見ると正しくないこともあります。
逆に短期的な目線で見たときに、間違っていると思える選択も、長期的目線でみると正しいこともあります。

どの視点、どの角度、どの立場から物事を見るかによって見え方も捉え方も違うから、意見の相違は当然だと思います。

だから、意見が違うからと言って拒否するのではなく、なぜそういう考えになったか相手の立場になって一度考えてみることも必要だと思います。

世の中で起きている様々な出来事は出来事として実際に起きていることではあるが、そこに意味づけするのは私たち人間です。

たとえば「雨が降ってきた」というのは事実ですが、雨が降ってきたことを喜ぶ人もいれば、悲しむ人もいます。
同一人物であっても雨が降ってきた時期や状況によって、喜ぶこともあれば悲しむこともあります。

つまり「雨が降ってきた」という事実に対し、いろんな状況を加味して人間がそこに勝手に意味づけをして、喜んだり悲しんだりしているのです。

ですから、世の中で起きている様々な出来事に対し、それぞれの人間が勝手に意味づけをして意見を言っている状況では、必然的に意見の相違が生まれると思います。

私も含め基本的にそれぞれ自分の意見が正しいと思って発言していると思いますが、こうして日常的に意見の相違が生まれます。
ただ、冷静になってその人の立場や視点で物事を観察すると、その人がそう考えるのも理解できたりします。

もちろん「理解できる」ことと「納得できる」ことは違っているので、理解できても納得できないことは無理に納得する必要はないと思います。

大切なのは「意見の相違」は悪いことではなく自分とは違ったモノの見方を教えてくれることであると知ることであり、「意見の相違」自分を成長させてくれるチャンスと捉えることかと思います。

もちろん、私のこの考えに対しても異論があるという人もいると思いますし、その異論を否定するものではありません。
むしろチャンスがあればその異論についても聞いてみたいと思っています。

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